西尾幹二全集(全22巻)発刊に思う。

私は成人して以来、50年間日本の知識人の言動を見てきました。戦後日本の知識人の印象と言えば、彼らは本当にバカ、アホ丸出しの救いがたい人たちの一言につきます。その理由はなにか?彼らは共産主義、ソ連に惚れ込みまさに悪女に憑かれたという表現がぴったりです。ソ連という悪女の醜さに自らの目と耳を覆い盲信、盲進したのだ。日ソ不可侵条約の突如の破棄、北方四島略奪、60万日本兵の強制収容と強制労働、そのために日本兵が5万から7万人の死者が出た。これらの現実は、まだ戦後日本人の記憶の中にある生々しい史実なのだ。ところが知識人は、この現実を見ようとしないのだ。そしてあの有名な安保騒動。ぞっとする彼らの徹底した親ソ反米。一方我々一般庶民は、ソ連の実態をすでに認識していて、日本はアメリカ占領軍に支配されたが、ソ連軍に支配されなかったのは不幸中の幸いで、心底ソ連軍に占領されなくて良かったというのが認識だったのだ。だからこそあれほどの安保騒動後に自民党政府は解散し、総選挙しても、自民党政府の圧勝に終わったのです。当時著名な知識人であった蝋山政道は、自著「日本の歴史26巻」(よみがえる日本 文芸春秋社)、の中で総選挙敗北の教訓を次ぎのように書いている。

「第一は、日米安保条約のごとき国際外交問題に対して、日本国民はいまだ平素じゅうぶんな知識や情報をあたえられていない。日常生活に関する地域または職域についての国内問題であるなら、一定の知識・経験によって実感的に判断する能力をもっているが、外交政策になると、その実感は一方的な不満や不安をかきたてる宣伝に動かされやすい」
「第二は、第一のそれとつながっている。日常生活と国際的地位という大きな距離とギャップを持っている政策問題について、一般の国民にそれを統一する理解を期待し、政策形成に寄与することを求めることはできない」
どうですか、蝋山政道のこの傲慢ぶり、完全に日本の一般国民をバカにし、自分たちの主張が正しいのだと言わんばかりですし、総選挙での革新派の大敗を国民の無知のせいにしているのだ。このように安保騒動後の総選挙大敗後も一般国民と知識人とのソ連に対する認識ギャップを意識することなく、自分たちの考えが正しいのだとソ連にのめりこんでいったのだ。そしてベトナム戦争で見せた日本の知識人の勝手な幻想、すなわち北ベトナムは天使、南ベトナムとアメリカは悪魔との幻想が北ベトナムによる共産党一党独裁国家の樹立という目的を見抜くことができなかった。どうして戦後日本の知識人は、こうまで愚かなのか。結局彼らは、現実を直視しようとせず、時勢、時流、権力に迎合することに夢中になるからです。すなわち彼らは、日本人のくせにソ連の権力に迎合したのです。

ここで日本通の一人の外国人が、日本の知識人をどう見ているのかとりあげてみました。その外国人の名は、オランダ人のジャーナリストでカレル・ヴァン・ウォルフレン。ウォルフレン氏は、日本経済絶頂期の1989年に「日本/権力構造の謎」(The Enigma Of Japanese Power)という本を出版した。この本は世界10ヶ国語に翻訳され、1200万部売れたという。私もその頃この本の翻訳本を読みましたが、いまでは何が書いてあったかほとんど忘れてしまっています。私は、このウォルフレン氏がきらいなのです。彼は日本語がペラペラ、その日本語で大東亜戦争日本悪玉論を主張するのです。私は日本語を話せない外国人が外国語で大東亜戦争日本悪玉論を語っているより、日本語堪能の外国人が大東亜戦争日本悪玉論を語っている方が怒りを強く感じるのです。「日本をもっと勉強しろ」といいたくなるのです。第一ウォルフレン氏がオランダ人であることが気にいらない。大東亜戦争の時オランダ軍など当時の日本軍にとってはハエや蚊のような存在だ。オランダはアメリカと同盟を組んでいたからこそ勝利国になれたにすぎない。終戦後は、勝利国面して日本批判を繰り返し、オランダの女王が来日した時、平然と日本を批判した。オランダが植民地、インドネシアに何をしてきたというのだ。オランダに日本を非難する資格など一切ない。こういうことをウォルフレン氏に直接言いたいくらいなのです。それではなぜ、ウォルフレン氏をとりあげたのか。彼が日本の知識人について名言を吐いているからです。

彼は自著「日本の知識人へ」(窓社)の冒頭のページでこう書いています。
「日本では、知識人がいちばん必要とされるときに、知識人らしく振舞う知識人がまことに少ないようである。これは痛ましいし、危険なことである。さらに、日本の国民一般にとって悲しむべき事柄である。なぜなら、知識人の機能の一つは、彼ら庶民の利益を守ることにあるからだ」
まさにこれは、名言ですよ。知識人らしい知識人がいないことは、日本国民にとって悲しむべきであり、危険なことであると言っているのは、まさにその通りです。私などそのことを、痛切に感じています。さらに彼は、こう書いています。
「日本では、権力から独立した知識人がいないどころか、むしろ、権力によっても認められてこそ知識人というか、そのことを望み喜ぶ知識人が昔からの主流でした」
全くその通りです。多くの知識人は、権力に認められることを望むのだ。そのために権力に認められようとあからさまな行動にでる。ここまで知識人としてのあるべき姿について私の意見とウォルフレン氏の意見を紹介してきました。この両者の意見を保守言論界の長老とも言われる西尾幹二氏にあてはめてみました。私は主張しました。日本の知識人は、あまりにも時勢、時流、権力に迎合過ぎる。その例外が西尾幹二氏なのです。西尾氏は、時勢、時流、権力に迎合しないどころか、あらゆる団体、業界などからの支援なども一切受けず、学閥、学会などとは無縁です。従って西尾氏の発言には損得勘定がない。要するに私に言わせれば、西尾氏は、崇高なまでに孤高をつらぬいて現在の学者として地位を築いてきたわけです。この崇高なまでの孤高は、知識人にとって非常に重要で、そのことが、ウォルフレン氏の指摘する知識人としての規格にあてはまるのです。西尾氏は、知識人が一番必要とされている時に、知識人らしく振舞える非常に数少ない知識人の一人なのです。知識人が必要な時に知識人らしく振舞えるとは、どういうことかと言うと、非常に難しい問題が生じ、私たち一般庶民が明快な回答に窮するとき、あの人ならどんな考えを持つのだろうかと、その人の意見に期待を寄せることができる人の意味です。西尾氏は、どう考えているのだろうかと私たち庶民が期待をよせることができる数少ない知識人ではないでしょうか。

ウォルフレン氏は「日本では、権力から独立した知識人がいない」という。確かにそのとおりだと思います。しかし例外もあります。西尾幹二氏です。権力から独立した、日本では非常に数の少ない、希少価値のある知識人です。これは何十年間にわたって崇高なまでに孤高をつらぬいてできる知識人の技とも言えるのではないでしょうか。
その西尾幹二氏の全集、全22巻のうち最初の5巻「光と断崖―最晩年のニーチェ」が国書刊行会から先月出版された。今どき全集が出せる文筆家や知識人はいない。西尾氏のすぐれた学問的業績が認められたためでもあり同時に50数年にわたる生き様も認められたのだと思い、素直に西尾先生にお祝いの言葉をささげます。また同時に全集出版は、私のような西尾ファンにとってもとても喜ばしいのです。出版社は慈善事業ではありません。全集を出したところで売れないと判断したら、誰が出版するものですか。全集を出しても売れると判断したからこそ出版するのです。ということは私のような西尾ファンが全国大勢いるということです。そのことは、現在のような情けない状態の日本でも健全保守、健全な愛国者が多いいということを改めて認識させてくれるので非常に嬉しいし、心強い思いをさせてくれるのです。

西尾先生、おめでとうございます。これからも日本国家のため、長く、長く健筆をふるってくださるよう切にお願い申し上げます。

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