「J・エドガー」

「J・エドガー」とは先月末に公開された映画のタイトルです。クリント・イーストウッド、若い頃マカロニウエスタンのガンマン役で名を馳せたが、今では映画監督としても名をあげています、その彼の作品です。私は、この映画のタイトルを見たとき、誰のことかピントこなかった。映画に出て来る架空の人物かと思った。しばらくして「J・エドガー」とは、ジョン・エドガー・フーバーのことだとわかった。エドガー・フーバーと言っても大方の日本人は、誰のことかわからないでしょう。私はよく知っています。偶然の結果です。先月初め、すなわち今年初めてのブログ記事に『「マフィア」の話』という長文のエッセイを書きました。私はこれまでに沢山のマフィア映画を見てきたし、マフィア関係の本を読みあさったことがある。マフィアを取り締まるのがFBIです。ジョン・エドガー・フーバーとは、そのFBIの長官です。映画「J・エドガー」がエドガー・フーバーの伝記映画とわかったら、ぜひ見なくてはとなって公開早々見てきました。私にはフーバーについての予備知識があった。フーバーは、第一次大戦時のウッドロー・ウィルソン大統領からリチャード・ニクソンまで10人の大統領に仕えたFBI捜査官であり、彼が1924年にFBI長官になってからでも8人の大統領に仕えているのだ。なぜこんなに長くしかも死ぬまでFBIの最高権力者でいられたのか。それは政治家個人の身上調書と言っていいフーバーの秘密ファイルに原因があります。勿論FBIには公式の記録ファイルがあるが、それ以外にフーバーが国内捜査機関を完全に掌握している特権を持っているからこそできる彼の特別秘密ファイルを所持しているからです。彼は上院、下院の全議員、閣僚、大統領、あるいは超有名人の身上書を作り上げ、いざとなればそれを相手につきつけ、脅す事にためらいはなかった。ある議員の言葉を借りれば、彼の秘密ファイルは、「世界最大の汚物の保管庫」というわけだ。大統領でさえ弱点を握られ彼を首にすることができなかったのだ。

映画を見ての感想は、はっきり言って凡作です。私はクリント・イーストウッドの全作品を見ているわけではないが、ほとんどの作品は見ています。彼の作品の中でも出来の悪い作品ではないか。エドガー・フーバーの伝記映画だが、フーバーの人間性が描かれていないのだ。フーバーの人間性が描かれていないのをイーストウッド監督だけのせいにしては可哀そうなのかもしれません。フーバーという人間その者が面白みのないつまらぬ人間なのだ。私生活が単純そのもの。フーバーを手厳しくはげましもするが息子を溺愛する母親、その母親との二人暮らし。フーバーに忠実に仕える秘書。まさに仕事だけに忠実に仕えるが私生活では赤の他人。フーバーの片腕となるクライド・トルソンとは40年来のつきあいだが、同性愛者どうしでお互い愛情を感じあっている。だけどベッドを共にするわけではなく、お互い一生独身。これでは私生活に面白いことが起こるわけがない。仕事だけが生きがいの単調な私生活なのだ。そのかわりFBI長官として50年だから歴史的事件が多く多彩です。それら事件、事件にフーバーがどう対処したか描かれているのだが、それも相棒のクライド・トルソンに語らせると、人の手柄をフーバーの手柄にしてしまうのだ。憎しみを感じる男ではないが、どうにも親しみがわかない男だから余計映画に面白みに欠けるのでしょう。

「J・エドガー」という映画のタイトルと言い、私に言わせるとこの映画は、一般のアメリカ人には分かりやすいかもしれませんが、外国人が見るには、エドガー・フーバーの予備知識がある程度必要のような気がします。例えば、ケネディー大統領とロバート司法長官兄弟とフーバーFBI長官との確執です。この両社の確執は、『「マフィア」の話』のブログで書きたかったのですが、書くとあまりにも長くなってしまうので割愛しました。この機会を利用して要約して簡単に書かせてもらいます。

ケネディー大統領は、フーバー長官をきらっていた。フーバーが大統領自身に関する事と禁酒法時代に酒の密売業者をしていた父の時代に遡って自分の一家の名誉を傷つける秘密ファイルを所持している事を知っていたからです。ある時、フーバーに官邸に呼びつけると、ケネディーが驚くことまで知っていた。それは第二次大戦中、大統領の海軍勤務時代にインガ・アルヴァドという女性との関係についての記録とテープが含まれていた。この女性は既婚者で、親ナチ派の噂がたっていた元ミス・デンマークだった。ケネディーがワシントンの海軍情報部から高速魚雷艇訓練学校、そしてついに南太平洋での戦闘任務に配属させられる原因になった多くの「危険な関係」の最初の事例を発見したのは、他でもないフーバーだったのだ。フーバーが官邸を引き下がった直後、ケネディーは「あの野労!」とフーバーに激怒したという。ケネディーが知られたくないことをフーバーが知っていたからです。フーバーが保管するフアィルの中身について非常に憂慮した大統領は、明らかに未熟な弟を司法長官に任命し、弟にフアィルの保管者を監視させようとし、それが身内を司法長官に指名した主な理由と言われているのだ。映画では、ミスデンマークの話は、ロバート司法長官に話しをしていました。

一方弟のロバート司法長官は、兄ケネディー大統領とは違った角度でフーバーを嫌悪していた。ロバートは司法長官時代、『「マフィア」の話し』でも触れたようにマフィアを壊滅に追い込もうと全力をあげていた。ところがフーバーは、積極的に協力しようとしないのだ。なにしろフーバーは、「アメリカにはマフィアという組織犯罪は存在しないと」公言してはばからなかったのだ。私の推測で話をすると、フーバーがロバート司法長官のようにマフィアを追い詰めるほど全力で取り締まっていたら、彼はとっくの間にマフイァに殺されていたでしょう。フーバーもそれを知っていたからこそ取り締まりに手を抜いていたのではないか。フーバーの非協力的態度に業を煮やしたロバートは、前任のどの司法長官も手をつけなかった処遇をフーバーに命じた。フーバーの直属の上司は、司法長官です。フーバーは司法長官の報告する義務がある。ところがフーバーは、歴代の司法長官には報告せず、すべて大統領に直接報告していた。歴代の大統領は、フーバーにその行為を許していたのです。ワシントンで執務するどんな高級官僚も大統領にじかに接触できなかったが、フーバーだけはそれができたのだ。そのフーバーに向かって「今後大統領に直接報告することはダメダ、今後はすべて俺に報告せよ」と命令したのだから、フーバーが激怒するのも無理はない。

映画ではロバート司法長官が二度スクリーンに登場します。一度目は、ロバートとフーバー二人だけの険悪な様相での会話。フーバーは、ケネディーの女たらしの実例の話をしている場面です。二度目は、フーバーからケネディー暗殺の電話がかかりローバートは仰天しますが、「ケネディー暗殺された」というそれだけの電話ですぐ切られてしまってローバーとが激怒する場面です。この両場面などケネディー兄弟とフーバーとの確執関係を知っていればより理解できることは確かです。

ところでフーバーがケネディー暗殺を知る場面の演出にはこっています。フーバーが部下に命じて盗聴させていたテープが届き、一人部屋に閉じこもってその盗聴テープを聞く。盗聴テープの声だけが画面に流れます。ベッドシーンの盗聴です。誰のベッドシーンが盗聴されているのか映画では語っていません。しかし私は即座に誰のベッドシーンかわかった。マリリン・モンローとケネディー大統領のベッドシーンです。何故わかったか?男はケネディーのような声をしていたが、女は間違いなくマリリン・モンローの声です。よがり声だけだったらわからなかったでしょう。その前に短い会話があった。それでモンローの声だとわかったのです。モンローは超有名人だから彼女の映画を見たことない人でも名前ぐらいは知っているでしょう。その人たちに言っておきますが、彼女はすばらしい声美人でもあるのです。顔よし、声よし、また話しぶりがいい、その上抜群のスタイルよしのまさに完璧な美人です。だから私は彼女のとりこになった。モンローの出演作は全部見たし、自宅には全作品のビデオもあります。だから彼女の声は、私の脳裏にやきついています。その私がモンローの声と判断したのだから間違いない。モンローとケネディーに似た声を持った男女を採用して演じさせたのでしょう。そのモンローのよがり声を聞いている時にフーバーの部屋の電話がなり、ケネディー暗殺を知らされ彼は仰天した。彼はロバート司法長官にその知らせを電話するのだが、ただ一言「大統領が殺された」と語り、それ以上なにも報告せず、電話を切ってしまいます。すぐに電話を切られたロバートは、怒り狂うのは当然、二人の険悪な関係がよく表れています。

フーバーが最後に仕えた大統領がニクソンです。フーバーは腹心のトルソンにこぼすのだ。「歴代の大統領は、自分の秘密ファイルのことを話すと私に対して臆病になるのだが、ニクソンはびくともしない、堂々たるものだ、だから非常にやりにくい。」ところがフーバーは在職中に突然のように病気で急死します。その知らせを聞いたニクソンは、すぐに部下に自分のファイルをフーバーの事務所で探させるのだが、ファイルキャビネットはもぬけのから。フーバーに、自分に万一のことがあればファイルを処分するよう命令されていた忠実な秘書が、ファイルを裁断機にかけているところで映画が終わっています。イーストウッド監督は、フーバーの仕事ぶりに対して肯定もしなければ、否定もしていない、また観客になにも訴えるものもない。まさに凡作でしょう。

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